散歩と論文執筆

 きのうからできるだけ歩くようにすることにした。きのう(3日)は自宅→船岡山→鷹峯→玄琢→北山大宮→自宅の約6キロコース、きょうは自宅→大宮通を北上→鹿ノ下町で鴨川河畔へ→鴨川を北大路まで下がる→自宅のこれまたやはり約6キロコース。きょうはきのうよりも歩くことが楽しくなってきたように思う。

 戻ってきてからは遅れに遅れている論文の執筆に励む。いつもぎりぎりになって執筆が楽しくなり「早く取りかかっておけば良かったなあ」と思うのだが、今回もである。この悪い癖を今年は克服しなくては。

 夕方になって近所の電気屋に室内照明器具を買いに行く。部屋が明るくなりとても快適になった。うれしい。

 読書ですが、チャーマルズ・ジョンソンの論文集を半分ほど、櫻井よし子と金両基の対談の本を4分の1ほど読みました。前者はアメリカの支配構造について知らないことがいろいろわかって有益だが、あまりわくわくしない本。

 後者は二人ともあまりにも自分と感じ方が違うので、「ああ、こんな感じ方もあるのか」と勉強になります。櫻井よし子さんは「思想が異なる人との対話が成り立つソフトなタカ派」とでも評して差し支えないだろうと思うのだけれど、彼女の発言を読んでいると、「タカ派」がどのような材料を素にどのような議論を組み立てるのか、その論理構成がよくわかって有り難いなと思いました。もっともまだ「従軍慰安婦」問題についてのところしか読んでいませんが。

 また、櫻井さんが繰り返し日本人は近代史の基礎知識をきちんと勉強することからはじめるべきだと主張しているところには共感しました。でも、おそらくその「基礎知識なるもの」のなにを取り上げるかについては彼女とは立場を異にするのだろうとは思います。

 金両基さんの発言も、韓国人知識人が「総体としての日本人なるもの」になにをなぜ要求しているのかがよくわかり有益だと思います。ただ、日本と韓国の「ものの言い方のちがい」については、どちらが正しいかではなく、違いとして認めるところから議論を始めないと仕方がないのではないかという印象を持ちました。そのへんは全部読み終わってからまた書きたいと思います。